Love & peas ! _ profile



peas エンドー

 モルタル彫刻家のもとでコンクリートを削り‥のちに、世界的に有名なネズミさんが主役のテーマパークに就職。アトラクション等の美術スタッフとして毎日テーマパークに通う。この時、色々な業種のプロと出会い、感動を覚える。今となっては、最高な職場だったのかもしれないが、当時は気付かず。
 のち、百貨店のウインドーディスプレイ会社に勤務するも、諸事情によりカナダに行く事を決め、短期資金調達の為、築地市場で朝4時より働く。この時、色々な訳から働く人々と出会い、感動を覚える。
 カナダでは建築専門のスクールに通う。が、建築より”スクールフェスティバル”や”スポーツフェスティバル”の企画が得意と自負する。”スポーツフェスティバル”での騎馬戦用に、クラスメートと作った段ボールの”遠山の金さん”のドデカイ顔がカナダ人にウケる。男4人の騎馬をすっぽり覆うデカ顔は、カナダ人観客のフォトスポットになる。この事との因果関係は記憶にないが、バンクーバー最古の消防署を改築して造られた有名な劇場より、舞台装置デザインの依頼が来る。めちゃめちゃな展開に当初は戸惑ったが、流れに乗る事にする。また、夏のバケーション時は、大型バイクで野宿をしながら大陸横断をする企画を実行する。途中、カルガリーにいるダイナマイトキッド(プロレスラー)とビーフライスボウル(牛丼)を食べるという夢の企画も盛り込み、トライする。野宿を繰り返し、野生動物の餌食になるところを、現地住民に助けられながらも、念願のスタジアムに到着。残念ながら、ダイナマイトキッドには会えなかったが、オーエンハート(プロレスラー)ファミリーやデイビーボーイスミス(プロレスラー)と会い、感動。満足感に満ち溢れ、にんまりしながら帰路についてしまう。のちに、大陸を横断していない事に気付き、悔やむ。西海岸からの大陸横断計画は3分の2位の所でUターンとなり、未達成。
‥すっかりプロフィールから外れた話になってきたので、帰国後のプロフィールに‥
 少しばかり勉強した建築と今まで携わってきた仕事の両面を考え、建築デザインの会社に就職。設計でなくパースを描く事を主とする会社だったが、立体が得意な事もあり、新設したばかりの建築模型の部門に配属される。模型の評価はさて置き、会社が評価してくれたのは"社員旅行"での余興企画。社長がかなり気に入ったようで、なぜか企画営業部に転属。しかし、実際に手を動かして物を作る事がしたいという気持ちが強く、最初に作った模型の手応えから、早々に模型で独立を考え、独立。事情により、仕事をしないまま独立撤回の道へ。
 カナダのスクールで学んできた事を保留し、またしてもテーマパークの道に進む。今度は国産で有名なネコさんが主役のファンシー企業に就職。当時、建設中だったテーマパークの美術部門の監督を任される。しかし、アトラクションをつくっていたのはアメリカのエンターテイメント企業。スタッフのほとんどがアメリカ人である為、言葉の壁が辛い。挨拶程度は問題ないが、込み入った仕事の話はストレスを感じ、つくづく語学センスがない事を自負する。ストレスと戦いながら完成させたテーマパーク。オープンしてみれば、有名なネコさんがいないパークにゲストは首をかしげる。そう、コンセプトではテーマパーク専属のキャラクターがいて、ネコさんはたった1箇所に座っていただけ。この事からパークのクオリティは崩れた。コンセプトから外れているはずのネコさんやその仲間達の増殖、一般のコインゲーム機の導入‥もう、自分の出番がない事に落胆。
 のち、保留していた建築の道へ。電気通信機器で有名なメーカーの住宅部門であるハウスメーカーに就職。現場監督時、部材を現場に運んできたトラックが"蕎麦屋"さんの年期の入った外看板を削ってしまう。激怒した店主さんだったが、深くお詫びをし、今までの職歴技能を生かし、削れた部分を古めかしく再生する。結果、ご納得いただき、お許しをいただく事に。この時、テーマパークのアトラクション美術以外にも補修・再生技術の応用が可能な事を知る。その後、建設部から営業部に移動し、スーツにアタッシュケースでの通勤に。住宅展示場の詰め所で来客をモニターで観察中、ふと我に返る。
 建設工事中、現場作業時につけてしまうフローリングや建具の傷。この事が多く発生している現状を知り、補修技術や補修剤という物に興味を持ち、ドイツで100年以上前から生産されている補修剤の日本総輸入元の商社(現在は他社が輸入元)に就職。技術部門に配属され、日本でポピュラーな建材に合った日本独自の使用方法を考え、試行、実行。また、建築資材の展示会等で補修剤の使用方法をデモンストレーションする。その後、デモンストレーションでなく、実際に現場で補修するサービスを始める。
 のち、諸事情で他職に就くかどうかという選択を求められた際、選択肢にはなかった"独立"を思いつき、決心する。
 以後、今までに経験した職の知識・技能を生かし、"Peas"(ピーズ)を設立。peasという屋号は自分の名前(実)からの安易な発想で命名。えんどう豆の実を英語でいうとPea。複数のスタッフ、複数の業種からPeasという複数形とした。今年で設立16年。(2008年12月)